T_TEST__

ヌクレ落ち度(ヌクレに落ち度がある)

神経科学と情報工学

岩手県立大学とか、岩手の人たち Advent Calendar 2022 の20日目にお邪魔します。

Qiitaには適さない記事なので、はてなブログで失礼します。

qiita.com


自己紹介

はじめましてT_TEST__です。

一関高専から愛知県の豊橋技術科学大学編入学した博士後期課程2年の学生です。

最近アメリカで学会発表しました。

xxt3.hatenablog.com

岩手県立大学にはおととし妹が入学したので、その縁があって参加しました。



さて、私の専門は「神経生理学/解剖学」です。

脳科学、と言い換えればわかりやすいでしょう。

わたしたち生物の脳がどのような構造をしていて、どのような機能を持っているのか、についての研究です。

特に、わたしたちの視覚がどのような脳(と網膜)の構造と機能で成り立っているのか、霊長類を対象に研究しています*1

岩手県立大学のソフトウェア情報学部にも、近年視覚の神経生理をご専門としている先生が着任されたと思います。

私の在籍も情報・知能工学系というところで、ここはいわゆる情報工学と並んで、脳科学研究を盛んに行っています。



神経科学と情報工学

情報工学科で脳科学が研究されているように、神経科学にとって情報工学はとても大事なんです。

ニューラルネットワークはいい例ですね。生物の神経伝達とシナプス可塑性を模した数理モデルです。*2

情報工学がDNNやDGNのような「脳に学んだ」数理モデルを凄まじく発展させたのに次いで、今度は神経科学がDNN/DGNを利用して「脳を学ぶ」ことをしています。

特に神経生理学は、情報工学が育ててきたデータ解析手法や数理モデルのおかげで発展したといっても過言ではありません。

その理由のひとつは、得られる脳計測データの大規模化です。

近年の神経生理学はfMRIや多光子カルシウムイメージング、大規模な微小電極アレイ(Jun 2017 Nature; Steinmetz 2021 Science)を使った大規模な脳計測が研究の最先端を突っ走っていて、つまり得られるデータも超大規模になっています*3

こういった大規模な脳活動データの解析に、情報工学の知見が活きてきます。


超大規模な電極の例: Neuropixels 2.0。先が尖ったシリコン板の上に数千の電極が15μm間隔で並んでおり、これを脳に挿して(うまくいけば)一度に数千の異なるニューロンから同時に活動を記録できる。 http://www.steinmetzlab.net/assets/img/SteinmetzEtAl_2021_Neuropixels2.pdf


ブレイン・マシン・インターフェースでは、イーロン・マスクで有名なNeuralinkみたいな埋込み型電極はみな、デバイスで記録した脳活動データと行動とを機械学習でモデル化・予測することで、「考えただけで何かを操作する」を実現しています。

このように、脳科学にもいわゆるビッグデータ解析の波というのは既に来ています。白衣を着るような人間にもデータサイエンスの知識が必要な時代です。



神経科学における機械学習パターン認識

DNNの発展より前から、こういった脳計測データの解析には多変量解析が使われます。例えば主成分分析は(このアドカレを見てる方なら)皆さん触れたことくらいはあるでしょう。

少し分野を広げて見てみると、(神経)細胞の遺伝子解析ではクラスター分析とMDS(高次元データを低次元の空間に圧縮してプロットする)を必ずやります(例えばBakken 2021 eLife)。


サル視床(外側膝状体視床枕)のシングルセルRNA-seq。左は遺伝子情報のクラスタリングと遺伝子ごとの発現量プロット、右はクラスターをUMAPでプロットしたもの。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8412930/




そしてDNNが発展した今では、例えば計測した脳活動データをDGN(深層生成)モデルに食わせることで、脳がどのように情報処理をしているのかを考察するという研究があります。(例えばHiggins 2021 Nat. Commun. )

サル顔パッチ(顔の画像に強く応答するニューロンが集まった領域)ニューロンの応答をβ-VAEに学習させると、latent unitは顔パッチニューロンが表現するといわれている特徴(髪の長さ、表情、顔の形)と強い対応があった。またこのモデルは既存手法よりも高クオリティな顔生成ができた。 https://www.nature.com/articles/s41467-021-26751-5


有名どころでは、京都大学の神谷之康先生らによって、脳活動からそのヒトが見ている夢の内容が推定されたり(Horikawa 2013 Science)、見ている、あるいは想像している画像が再構成されたりしています(Shen 2019 PLOS Comput. Biol)。


ヒトに画像を見せたときの脳活動をfMRIで測定し、デコーディングモデルを作る。https://journals.plos.org/ploscompbiol/article?id=10.1371/journal.pcbi.1006633#pcbi-1006633-g001


こんな感じで、脳科学において情報工学はバリバリ活きています。

おわりに

結局言いたいのは、神経科学と情報工学はとても密接な関係であって、データ解析や機械学習を学んでいる皆様の需要がここにあるんですよということです。

私は情報工学から逃げてこちらに来た部分が少なからずありますが、ご覧のとおり結局情報工学を追っかけることになっています。

もしこの記事をご覧になっている県立大ソフトウェア情報学部の方がいらっしゃいましたら、こういった分野にも興味をもっていただければありがたいです。

私の不勉強のため、いわゆる計算論的神経科学については割愛しました。興味があればぜひそちらの先生に聞いてみると面白いかと思います。

あと誰か私にDNNについて教えてください。助けてください。


(終わり)

文献リスト

Bakken, T. E., van Velthoven, C. T., Menon, V., Hodge, R. D., Yao, Z., Nguyen, T. N., Graybuck, L. T., Horwitz, G. D., Bertagnolli, D., Goldy, J., Yanny, A. M., Garren, E., Parry, S., Casper, T., Shehata, S. I., Barkan, E. R., Szafer, A., Levi, B. P., Dee, N., Smith, K. A., … Tasic, B. (2021). Single-cell and single-nucleus RNA-seq uncovers shared and distinct axes of variation in dorsal LGN neurons in mice, non-human primates, and humans. eLife, 10, e64875. https://doi.org/10.7554/eLife.64875

Higgins, I., Chang, L., Langston, V., Hassabis, D., Summerfield, C., Tsao, D., & Botvinick, M. (2021). Unsupervised deep learning identifies semantic disentanglement in single inferotemporal face patch neurons. Nature Communications, 12(1), 6456. https://doi.org/10.1038/s41467-021-26751-5

Horikawa, T., Tamaki, M., Miyawaki, Y., & Kamitani, Y. (2013). Neural decoding of visual imagery during sleep. Science (New York, N.Y.), 340(6132), 639–642. https://doi.org/10.1126/science.1234330

Jun, J. J., Steinmetz, N. A., Siegle, J. H., Denman, D. J., Bauza, M., Barbarits, B., Lee, A. K., Anastassiou, C. A., Andrei, A., Aydın, Ç., Barbic, M., Blanche, T. J., Bonin, V., Couto, J., Dutta, B., Gratiy, S. L., Gutnisky, D. A., Häusser, M., Karsh, B., Ledochowitsch, P., … Harris, T. D. (2017). Fully integrated silicon probes for high-density recording of neural activity. Nature, 551(7679), 232–236. https://doi.org/10.1038/nature24636

Shen, G., Horikawa, T., Majima, K., & Kamitani, Y. (2019). Deep image reconstruction from human brain activity. PLoS computational biology, 15(1), e1006633. https://doi.org/10.1371/journal.pcbi.1006633

Steinmetz, N. A., Aydin, C., Lebedeva, A., Okun, M., Pachitariu, M., Bauza, M., Beau, M., Bhagat, J., Böhm, C., Broux, M., Chen, S., Colonell, J., Gardner, R. J., Karsh, B., Kloosterman, F., Kostadinov, D., Mora-Lopez, C., O’Callaghan, J., Park, J., … Harris, T. D. (2021). Neuropixels 2.0: A miniaturized high-density probe for stable, long-term brain recordings. Science, 372(6539), eabf4588. https://doi.org/10.1126/science.abf4588

*1:情報工学科では非常に珍しいと思います

*2:視覚神経科学のオンライン会議や講演を見てると、たまにネオコグニトロンで有名な福島邦彦先生が聴きに来られているのを見ます。

*3:超大規模電極アレイ=neuropixelsによる脳計測データは1日あたり1テラバイトくらいのサイズになるらしいです。ヤバいですね