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ヌクレ落ち度(ヌクレに落ち度がある)

脳活動の測り方いろいろ (つづき、というか補足)

12/21 Hubel & Wieselの実験の動画を追加

この記事は ョョョねこ Advent Calendar 2020 20日目の記事です。

adventar.org

はじめに

こんにちは。20日目の人です。

普段は大学院で情報工学系に在籍しつつウェットな生命科学系の研究をし、近隣のラーメン屋と居酒屋を巡る生活をしています。たまにDJ出演しています。
界隈に近いところでは、最近VRCに入門し、たまにあやふみさんのワールドでDJをやっている、という生活です。

さて、AdCalのほうに告知していた記事内容ですが、すでに他のAdCalでそれに該当することを書いてしまったので、まずはそちらの記事をここに置きます。 読んでも読まなくても構いません。
あとで自分で読むと、これすごく長くて読みづらいなあと思いました。

xxt3.hatenablog.com

で、今回はこの記事の補足として、各脳活動計測手法の例となる論文を簡単にご紹介したいと思います。
まず、上の読みづらい記事を読まなくてもいいように、簡単に計測手法の説明をして、それから論文の内容をさらっていきます。
分野外の方にうまく伝えられるかわかりませんが、なんとなく、世の神経科学者たちはこういう感じで脳活動を測っているんだなあというイメージを掴んでいただければありがたいです。 各論文の見出しに論文へのリンクをつけていますので、論文を読みたい場合はそちらからどうぞ。 あと私は下の項目でいう電気生理学的手法しか使ってないので、fMRIや脳波に関しては素人です。あと私が視覚系の研究をしていることから、紹介する論文はすべて視覚研究になります。ご容赦ください。


電気生理学的手法 -ねこ要素はここにあります-

 要はニューロンの電気的活動を直接電極で測っちゃおう、という手法です。脳活動を測る方法として最も古典的で、かつ現在でも使われているものです。
 一般的なやり方は、動物の脳へ非常に細い金属の電極を挿して、電極の先端をニューロンへ近づけて、その位置の不関電極(脳の外でとります)との電位差を測定する、という感じです (in vivo *1の場合)。

Hubel and Wiesel (1959) J. Physiol.

Citation: HUBEL, D. H., & WIESEL, T. N. (1959). Receptive fields of single neurones in the cat's striate cortex. The Journal of physiology, 148(3), 574–591. https://doi.org/10.1113/jphysiol.1959.sp006308

 脳科学界隈で最も有名な論文のひとつだと思います。彼らはこの仕事と、そこから視覚神経生理学という学問を創始したことで1981年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
   彼らの実験は図1のように行われました。まず麻酔下のネコの大脳皮質初期視覚野*2に、図2の電極を埋め込みました。そしてネコ*3に様々な形や動きをした光を見せたときに、電極からとれるニューロンの電気信号がどのような振る舞いをするのか、調べました。

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図1 実験の概略図。
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図2 実験に使った電極システム。油圧で電極の刺入を調節する。 Hubel (1959) J. Phisiol. (実際にネコへこの電極をインプラントした写真もこの論文にあります。)

 実験の結果として最もインパクトがあるのは図3です。図A, Bともに、左側はネコへ見せた光刺激、右側はニューロン活動が起きた時刻を縦棒で示した図で、上に黒棒で光刺激を見せた時刻を示しています。
 このニューロンは、あらゆる光刺激に対して活動するかというとそうではなく、縦線が来たときに強く活動し、そこから傾くほど活動が弱まり、90度傾けるとまったく活動しない、という応答を見せました。このように、大脳皮質初期視覚野のニューロンは、ある特定の方位をもった光刺激にだけ選択的に応答する(方位選択性)、という特性をもっていることが明らかになりました。それだけではなく、特定の方向へ光が動いたときにだけ選択的に応答する(運動方向選択性)、どちらかの目から、もしくは両目から入った刺激へ強く応答する(眼優位性)、また視野上の特定の位置・範囲にある刺激にのみ応答する(受容野構造)、といった特性も明らかにしています。このように、大脳皮質初期視覚野は、眼から入ってきた視覚情報のうち特定の視覚的特徴だけを担うニューロンが集まっている、ということがわかりました。後の研究で、それらのニューロンたちが視覚的特徴に対して規則的に配置されていることなどが明らかになっていきます。

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図3 ネコに様々な方位に傾いた棒状の光刺激を見せたときの、ある大脳皮質初期視覚野ニューロンの応答。A、Bともに、左側が刺激、右側が応答時間のプロット。右側の上に示す黒棒は、刺激を見せている時刻。

 ...これは実際の実験の様子を見ていただいたほうがわかりやすいですね。Youtubeにそれがあったのでここに置きます。 動画中でブブブブッと音がなっているのが、ニューロン活動です。電極から取れた信号をアンプ→スピーカーに繋いで、ニューロンの活動を「聴いて」います。このやり方は今でも使われています。

Jun et al. (2017) Nature

Citation: Jun JJ, Steinmetz NA, Siegle JH, Denman DJ, Bauza M, Barbarits B, Lee AK, Anastassiou CA, Andrei A, Aydın Ç, Barbic M, Blanche TJ, Bonin V, Couto J, Dutta B, Gratiy SL, Gutnisky DA, Häusser M, Karsh B, Ledochowitsch P, Lopez CM, Mitelut C, Musa S, Okun M, Pachitariu M, Putzeys J, Rich PD, Rossant C, Sun WL, Svoboda K, Carandini M, Harris KD, Koch C, O'Keefe J, Harris TD. Fully integrated silicon probes for high-density recording of neural activity. Nature. 2017 Nov 8;551(7679):232-236. doi: 10.1038/nature24636. PMID: 29120427; PMCID: PMC5955206.

 ついでにド派手な論文をひとつ。電極を脳に挿して脳活動を測る、という手法において、現在のところ「極致」といえるものを開発した、という論文です。
 まず著者が非常に多いですね。なかには海馬の「場所細胞」の発見で2014年にノーベル生理学・医学賞を受賞したJohn O'Keefe先生もいらっしゃいます。

 Neuropixelsという名前のこの電極(図4)は、Hubelらが使っていた電極と違って、複数のニューロンから同時に神経活動を記録できます*4。こういう電極はマルチ電極と呼び、これまでにも4個、10個、50個、...と同時に記録できるニューロンの数が増えていくように開発されてきていました。
 そしてこの電極は、1mm長の細くて薄い板の上に、なんと384チャネルものアレイ構造で電極が配置されています。つまり一度の刺入で(うまくいけば)数百個の神経細胞から同時に記録できる、ということです。*5実際、実証実験として、2つのNeuropixelsをマウス脳に刺入し、700以上の神経活動を記録しています。これだけの数を、Hubelらのように1個1個の細胞から取っていく手法でやるのは絶望的です。やれても年単位でかかります。

 Neuropixlesは挿す深さ方向に複数の電極が並んでいるため、電極を深くまで挿せば、いちどに複数の脳部位から記録できます。図5では、マウスの視覚野からNeuropixelsを、海馬、視床と突き抜けるように挿しています。そして脳部位によるニューロン活動の違いや、解剖学的知見、組織学的手法によって、どの電極がどの脳部位から記録しているのか、を推測します。こういったやり方ができることで、脳の複数部位の活動の相関をとったり、活動様式の違いを、脳の組織学的構造に着目しながら詳細に分析したりすることができます。この電極が発表されてからの数年で、この電極を用いたマウス研究が高IFの雑誌に出まくっています。

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図4 彼らが開発した電極 (Neuropixels)。やばい。
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図5 Neuropixlesをマウスの脳に挿して、複数の脳部位から同時に記録した様子。


fMRI

 ヒトの脳を測る、といったときによく使われる(というかヒトならこの手法と脳波くらいしか実用的・倫理的に使えない)手法です。MRIはたぶん人間ドックか何かでご存知だと思います。この手法は、ニューロンが活動したときの、その近辺の血流・血液量の変化とヘモグロビンの酸化・脱酸化によるMRI信号の変化を、そこでニューロン活動が起きた、とみて、脳活動を計測する手法です。

Lafer-Sousa et al. (2016) J. Neurosci.

Citation: Lafer-Sousa, R., Conway, B. R., & Kanwisher, N. G. (2016). Color-Biased Regions of the Ventral Visual Pathway Lie between Face- and Place-Selective Regions in Humans, as in Macaques. The Journal of Neuroscience : The Official Journal of the Society for Neuroscience, 36(5), 1682–1697. https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.3164-15.2016

 ヒトの脳で「色」を専門に処理する脳領域はどこだろう?それはこれまで調べてきたサルのそれと似ているのか?というのをfMRIで調べた論文です。  Hubelらが調べた初期視覚野は、大脳皮質における視覚情報処理の最も初期を担います。まずここで低次な、つまり単純な画像特徴量が抽出され、次の視覚処理を担う脳部位へのその情報が伝わっていきます。高次な視覚領野になると、例えば顔、特定の図形、物体、風景などという高次な特徴量をコードするようになります。    実験は、実験参加者に、カラーもしくはグレースケールの、さまざまな映像(顔、色、物体、風景などが映る)と、ドリフトする縞模様の視覚刺激を見せながら、そのときの脳活動、特にサルでは顔や色などをコードするといわれている、サルの脳部位でいうIT (Inferior Temporal, 下側頭領域) に該当する領域の脳活動を記録しています。また、著者のLafer-Sousaさんは2013年にマカクザルで同じ実験を行っており、本論文では、今回得たヒトのデータと、過去に得たマカクザルのデータを比較しています。  結論を簡単にいうと、ヒトの脳の「色」専門領域の場所、および顔、物体専門領域との位置関係は、マカクザルのそれと似ていました。図7に示す通り、ヒトでもマカクザルでも、色を処理する領域は顔領域と風景領域にサンドイッチされるように分布しており、この領域に関しては、ある程度、種間の相同性があるといえそうです*6

ちょっとここの議論が雑になっちゃったので、この後の脳波の節と同様にあとで追記します。

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図6 ヒトおよびマカクザル下側頭部の、色・顔・風景領域の分布。


脳波 (EEG)

 ヒトの脳を測る、といったときによく使われる、かつ恐らくもっとも身近な手法だと思います。脳波で動く猫耳とか*7。たぶん、もしこれからVRCへ脳科学が貢献するとしたら、脳波によるVR世界へのインタラクションとかになると思います*8。脳波は、たくさんのニューロンが起こした電気的活動の総和です。脳波計測は脳から硬膜や頭蓋骨などを介して漏れ出た電場を読み取ってるので、とてもノイジーかつ空間的にぼやけた信号であることは覚えておいて損がないと思います。

脳波計測を用いた論文を今まで読んできてなかったので、ここの論文紹介はもうちょっとだけお待ち下さい。いずれ追記します。ごめんなさい。


カルシウムイメージング

 ニューロンが活動するときに細胞内外を移動するカルシウムイオンを蛍光させることで、神経活動を「視よう」という、今もっともアツい手法の一つです。これとつよつよ装置である二光子顕微鏡を組み合わせた、「二光子カルシウムイメージング」もまた、非常にインパクトの高い研究成果をたくさん挙げています。

Tang et al. (2017) Curr.Biol.

Citation: Tang, S., Lee, T. S., Li, M., Zhang, Y., Xu, Y., Liu, F., Teo, B., & Jiang, H. (2018). Complex Pattern Selectivity in Macaque Primary Visual Cortex Revealed by Large-Scale Two-Photon Imaging. Current Biology, 28(1), 38-48.e3. https://doi.org/10.1016/j.cub.2017.11.039

 霊長類の視覚野に対する、二光子カルシウムイメージングによる研究といえば北京大学のTang先生、という感じです(私のなかでは)。

 一番はじめに挙げたHubelらの研究で、「大脳皮質初期視覚野のニューロンは特定の傾きの線分に応答する」という発見がされてから、初期視覚野はそういう特性をもつ、という認識がスタンダードであり、初期視覚野の研究に使う視覚刺激にHubelらを倣って線分が使われたり、教科書にそう記されてきたりしていました。そして、近年の畳み込みニューラルネットワークのもとになったネオコグニトロンは、この初期視覚野の特性から発想されており、第1層(S層 *9 )では局所の線分情報を抽出しています。
 ...とは言ったものの、初期視覚野の応答特性がそれでは完全に説明することができない、ということにはHubelらをはじめとした多くの初期視覚野の研究者が気づいており、実は初期視覚野の時点でもっと複雑な画像特徴をコードしているのではないか?という可能性が示唆されていました。しかし、従来の研究手法では手法の限界や動物への負担からニューロンのサンプリングが偏ってしまったり、使える視覚刺激が少なくなってしまったりで、「とにかくいろんな視覚刺激を片っ端から大量に見せていき、それら全部について大規模にニューロンの応答を測る」ということができないでいたため、初期視覚野が果たしてどのような特徴量をコードしているのか、という完全な理解には至らないでいました。

 そこへ、二光子カルシウムイメージングが颯爽と登場したわけです。この手法であれば蛍光顕微鏡の視野×蛍光プローブを導入した組織の範囲内のニューロンから同時に記録できるため、先程言った「とにかく大量の視覚刺激を見せてたくさんのニューロンの応答を網羅的に調べる」が可能となったわけです。Tangらは、Hubelらが使った単純な線分刺激も含めた9500種類もの刺激を用意し、初期視覚野の特定の範囲内のニューロンの視覚応答を調べました。

 結果は予想通りで、初期視覚野のニューロンは、これまで教科書的に言われていた「特定の傾きをもった線分」よりも、例えば図7に示すように、特定の傾きをもった折れ線や曲線といった複雑な刺激に、より強い応答を示しました。つまり、これまで考えられてきた初期視覚野の処理モデルでは説明できない特性を、初期視覚野のニューロンが実際に持っていた、ということです。これは間違いなく教科書が書き換わる発見で、視覚の研究者はいま一度視覚系で情報処理がどのようになされているのか、考え直す必要があるかもしれません。

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図6 ある細胞の応答。赤く塗られている刺激ほど応答が強かった刺激を示す。このニューロンは、Hubelらが用いたような線分にはほとんど応答せず、特定の曲線(弧?)に強く応答している。

おわりに

 以上、各計測手法を用いた研究の論文をご紹介しました。分かりづらかったら申し訳ないです。私もできるだけ広く知識を取り入れるよう努めてますが、メカトロニクスと心理系出身で修行不足ゆえ、また脳科学という分野があまりにも広い分野であるため、どうしても私の十分な理解の及んでいない実験手法に溢れています。特に最近の「光遺伝学」を含む、ウイルスベクターを用いた局所的な遺伝子導入による神経系の操作は、高度な遺伝子工学的手法ゆえ私は毎度苦しみながら論文を読んでいる次第です*10。まあ、なんとなくこの分野の研究のイメージを掴んでいただけたのでしたら、それだけでもこの記事の役目は果たせたかな、という感じです。

 あとVRCのDJイベント界隈にT-testってやつがいたらそれが私ですので、お声がけいただけると嬉しいです。

 ョョョねこAdCalはまだまだ続きます。お楽しみに。


*1:生きた動物

*2:大脳の一番後ろ側で、大脳では一番先に視覚情報の処理をする

*3:目は麻酔で開かれたままにされていて、目が乾かないようにコンタクトレンズをつけられています

*4:単一の神経活動を測定する→シングルユニット、シングル電極、複数の神経活動を同時に測定する→マルチユニット記録、マルチ電極

*5:現在のバージョンではもっと記録数が増えたり、大型動物に対応した長い針になっていたりします。

*6:逆に言えば、ヒトとマカクザルで対応がとれない脳領域もたくさんあります。視覚領野に関しては、それまで研究が進んでいたサルで与えられた区分をヒトにも当てはめていましたが、どうにもそれが及ばないところや、まだ呼び名が確立しておらず研究者によって呼び名が違ったりするところでは、サルとは違う名前が与えられていたりします。

*7:ここねこ要素

*8:ここVRC要素

*9:初期視覚野の情報処理は、伝統的なモデルとして、単純型細胞(Sinple cell)による局所の画像特徴量の抽出→複雑型細胞(Complex cell)による汎化という流れで高次特徴量の抽出をしている、と考えられています。ネオコグニトロンも、同様の処理をするS層とC層で構成されています。

*10:導入しているこの遺伝子はナニモンよ、何がどう働いてその遺伝子が望む位置で読み取られるのよ、とか